最高裁判所第一小法廷 昭和55年(オ)493号 判決 1980年12月11日
上告人
荒尾漁業協同組合
右代表者理事
川上博
右訴訟代理人
青木幸男
同
衛藤善人
被上告人
国武ミツヨ
外五名
被上告人
林司津夫
右六名訴訟代理人
増永忍
被上告人
坂田始次
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人青木幸男、同衛藤善人の上告理由第一点及び第二点の一について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決の結論に影響を及ぼさない点を論難するものにすぎず、採用することができない。
同第二点の二について
水産業協同組合法(以下「法」という。)四条、一一条によれば、漁業協同組合は、一一条に規定する事業を行うことによつて組合員のため直接の奉仕をすることを目的とする組合であるところ、一八条は、組合が定款で組合員たる資格を有する者を一定の地区内に住所又は事業所を有する漁民、漁業生産組合、漁業を営む法人に限定することができる旨を定めるとともに、他方、二五条は、組合員たる資格を有する者が組合に加入しようとするときは、組合は正当な理由がないのにその加入を拒んではならない旨を定めている。ところで、法は、漁民等の協同組織の発達を促進し、その経済的地位の向上等を図り、もつて国民経済の発展を期することを目的として制定されたものであり(法一条)、上記一八条、二五条の各規定は、法の右の目的を承けて、漁業協同組合の組合員たる資格を有する者を一定の範囲に限定する反面、右資格を有する者に対しては、その者が欲する限り、組合に加入してその施設を利用し、組合事業の恩恵を受けることができるようにしたものと考えられるのであつて、このような規定の趣旨に照らすときは、右二五条は、単に組合が法一三〇条五号所定の制裁によつて強制される公法上の義務を有することを定めたにとどまらず、組合員たる資格を有する者に対する関係においても、その者が組合加入の申込みをしたときは、正当な理由がない限り、その申込みを承諾しなければならない私法上の義務を組合に課したものと解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第二点の三について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし肯認することができ、右事実関係のもとにおいて上告人組合には被上告人らの組合加入の申込みを拒む正当な理由がないとした原審の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(本山亨 団藤重光 藤崎萬里 中村治朗 谷口正孝)
上告代理人青木幸男、同衛藤善人の上告理由
第一点 <省略>
第二点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。
一、上告理由第一点で述べたところは、法令違背にも該当する。その詳細は第一点記載部分を援用するが、要するに原判決は、証拠の取捨選択・評価を誤り、経験則を著しく不当に適用して、違法に事実認定および法令の解釈・適用を誤まつたものであつて、法令違反の違法があり、それは判決の結論に影響を及ぼすこと明らかである。
二、(一) 原判決は、上告人が仮定的に主張した、仮りに一審原告らが組合員資格を有するとしても、直ちに組合加入申込みについての実体上の承諾請求権を有するものではなく、水産業協同組合法二五条は、罰則を伴なう行政法上の義務規定である旨の主張に対し、「右規定の趣旨は、現行各種協同組合と同様、組合への加入は、任意加入を原則とすることを明らかにし、その実行性を保証する意味において、組合員資格を有するものが加入を申込んだ場合、組合に対し、正当な理由がない限り、これを承諾しなければならない私法上の義務を負担させたもの、と解すべきが相当である」旨判示している。
(二) しかしながら、右の規定は、水産業協同組合行政上の目的を達するために、正当な理由のない加入拒否を組合に禁じた行政法上の義務規定であり、その義務違反に対し行政上の秩序罰が課される(同法一三〇条)ことはあつても、右規定により直ちに加入申込者と組合間の民事上の法律関係が生じ、組合が加入申込者に加入承諾義務を負担する、というものではない。
本来、漁業協同組合への加入とは、組合員たる資格を有する者が、組合成立後に原始的に組合員たる地位を取得する場合をいい、加入は、加入しようとする者の申込と組合の承諾によつて成立する加入契約によるものである。従つて、加入契約も契約である以上、申込とこれに対する承諾が必須の要件となるから、組合員たる資格を有する者の加入申込と正当な拒否理由の不存在との要件の具備により、本件契約成立の要件たるべき承諾が法律効果に転化するもののごとく、組合に対し申込承諾義務の発生を認めるのは正当ではない。
三、(一) 本件においては、上告人に被上告人らの組合加入申込みを拒否する正当な事由がある。すなわち
(1) 現在上告人組合には、組合員が一、六八三名いるが、上告人の漁業権区域においては、他の一般的傾向にもれず漁業資源が減少しており、上告人組合においても、これまで何年間にもわたつて多大の経費と労力をかけて、あさり稚貝の散布等を行ない、漁業資源の維持・確保に努力してきた。それでも現在の組合員の生計の維持は、必ずしも容易ではない。このため、現在以上に組合員を増加させることは、現有組合員が生計を維持することを益々困難ならしめるものである。
(2) 上告人組合の組合員減少策については、組合でも県の指示もあり、その方策を種々検討中であるが、これについては(イ)任意脱退と除名以外の方法はなく、除名は要件が厳格で事実上この手続で組合員を減少させることは不可能である。
このような状況にあるので、上告人組合としては、この一〇年間近く、漁業専業の組合員の分家に対してさえも、組合加入を認めていない。
(3) 他方、被上告人らは、もとはといえば上告人組合が組合員と同じ地域に居住している者に、あさり貝のおかずくらいはということで、潮干狩程度の気持で海に入ることを拒まなかつた結果(なお入漁券を発行したのは、整理等の都合からである)、被上告人らが上告人組合の漁業権区域で海に入るようになつたものである。
一方、上告人所属組合員は、前述のように組合と共に漁場の維持、管理、稚貝の散布等、血のにじむような努力を重ねて漁業資源の維持等を続けてきたものであり、これらの努力の結晶が、かろうじて今日の漁業資源を維持し、組合員の生計を保持しているものである。
(4) 被上告人らは、漁場の保護育成には何ら貢献することがなかつたばかりか、組合の指示・禁止をも破つて、ただ上告人組合の恩恵により、その成果のみを享受してきた者である。従つて、かかる被上告人らの組合加入申込に対しては、あさり漁場等を今日まで維持・育成して漁業を家業とする組合員の反発は強く、また、被上告人らの加入申込を承諾することになれば、今後大挙して組合加入申込がなされることが必要である(本件提訴時は三二名であり、このほか今次提訴に至らなかつた者が何十名かいた、これらの者は本件の成り行きを見守つている)。かくては、あさり漁場等において深刻な採取競争が生じて、漁業調整上困難な問題が生じ、さらに漁業資源涸渇の状態に陥り、ようやく生計を維持している組合員の生存の圧迫、新規加入者と現組合員との対立・衝突等組合運営上も深刻な事態が生ずる。かかる事態を防止する意味からも今次組合加入申込拒否の正当事由がある。
(二) しかるに原判決は、「右事情のごときは、社会通念上、水産業協同組合法二五条が保障する自由加入の権利の行使を許さない事情とは認めがたいので、一審被告の右主張は主張自体理由がないものとして排斥を免れない」と判示している。しかしながら、右は法二五条の組合加入申込拒否の正当事由について、その存否の判断および法令の解釈・適用を誤つた違法がある。
四、前記二、三の法令の違反は、判決に影響を及ぼすことは明らかである。よつて、この点からも原判決は破棄を免れない。